2008年春のマカオ

先日NHKの番宣で、非合法カジノ・オンラインカジノ底知れぬ闇と言う番組を宣伝していた。日本以外では通じない和製英語カジノを使うのは仕方ないとしても(カシノでないと通じない)、「底知れぬ」闇というのは何なんだろう。

結構集中してカシノを回ったけれど、バカラやルーレットといったゲーム賭博の構造は、「広く浅く」であって「底知れぬ」ものではない。ルールだって難しくないし、カシノを運営する側だってそれほどのノウハウが求められる訳ではない。

それでも魅了されてしまう客の側、脳の構造には底知れぬものがあるとしても、まさかアドレナリンやドーパミンは単細胞生物時代からあるなんて話ではないだろう。公共放送なのだから、誇大広告で客を集めることはないのにと思う。

以下は2008年、16年前の記事である。マカオも新時代に入り、リスボア一強の時代からサンズが登場、さらにMGMグランドやギャラクシーも開業した頃である。成長する中国経済を背景に、ラスベガスを超える盛況となった時代であった。
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MGMを出て、歩いてすぐのグランドリスボアへ。ここには最近、ポーカーのライブテーブルができたという情報であったが、確かに4階の一角にロープで仕切られたポーカースペースがあった。7、8テーブルあったかと思うが、開いていたのは2つ。ともに20-40ノーリミットで、満卓となっていた。

テーブルそのものはバカラと同じで、それぞれの張るスペースが縦に線で区切られていた。だからちょっとせまい。20-40というと、米ドルにすると3-6。その後に書いてある数字は2000だったのでミニマムバイインと理解したのだが、もしかするとマキシマムかもしれない。ノーリミットだからリバーになると100HK$チップが積み重ねられるが、見ていると結構みんなターン、リバーまで見に行っているようだった。だとしたら、いずれにしろ2000くらいはあっという間に使ってしまいそうだ。

ここは見学だけで参加せず、歩いてファラオパレス、さらにバスに乗ってホテルまで戻る。夕方は南湾にあるマカオ料理のヘンリーズ。アフリカンチキンでワインを楽しんだ後、タクシーでサンズに戻る。ここでひどい日本人プレイヤーに出くわしてしまった。

彼ら(3人)の方が先に来ていて、私はサードベースへ。シャッフルマシンだが、ディーラーのオープンカードが4、6、2、5といった具合でなかなかいい流れである。ところが、上の3人ときたら、絵札2枚のスプリットはともかく、相手がローカードなのに14、15でヒットするなどめちゃくちゃである。

(注.サードベースとは、ブラックジャックで最後にカードが配られるプレイヤーである。前のプレイヤーのカードを見て対応しないと、難癖をつけられるおそれがある。サードベースに限らず、BJではベイシックストラテジーという定跡を知らないと恥ずかしい。引いても21を超えないケースは、絶対にヒット=引かなければならない。)

最後は、ディーラーがTなのに、何を思ったか7でステイである。私は8と5で13。ディーラーもあきれて「どうします?」と私のアクションを促すが、まさか引かない訳にはいかない。そして当然のように出たのはピクチャーである。

こんなプレイヤーのいるテーブルではやっていられないが、逆に言うとマカオでもこういうプレイが許されるようになったのである。昔のようにテーブルが少なくてバックベットされている状況だったら、きっとただではすまなかっただろう。いずれにせよ、こういう連中に話しかけなくてよかったと思った。

もちろんテーブルを替わったのだが、今度はディーラーのオープンカードがずっとピクチャーかA。そんなぐあいで、昼のMGMで浮いた分を夜のサンズで溶かしてしまい、がっくり肩を落としてカーサリアルまで歩いて帰ったのでありました。

p.s. カシノ探訪記のバックナンバーはこちら。会ったことはありませんが、あの金正男氏と同じ時間同じカシノにいたことがありました。

マカオ料理レストランの老舗ヘンリーズギャレー(美心亨利)のテーブルと前掛け。ポルトガルの白も冷えてます。アフリカン・チキン(これを一人で食べた)、カニ肉を甲羅に詰めて揚げたコロッケ、サラダ、スープでチップ込み500HK$(当時のレートで約7千円)。


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